参詣道
首里鳥堀町東部にある小高い丘陵を東西に横切る参詣道。参詣道の北側(写真左側)が弁ヶ嶽の大嶽(神名:玉ノミウヂスデルカワノ御イベヅカサ)で、西側(右側)が小嶽(神名:天子)になっている。
2006年10月01日
大嶽
弁ヶ嶽大嶽の門。門の手前にはかつて、拝殿が建っていたのだそうだ。
2006年10月01日
現地の案内板によると、現在の門はハワイの「うるま一心会」からの寄付金を得て、首里鳥堀町民の奉仕によって作られたものとのこと。元々の門は石造りで、園比屋武御嶽石門と同じ年に、似た工法で築かれたものだったのだそうだ。
2006年10月01日
赤い格子の前に並べられている香炉。門の後方には、大嶽の頂上へと続く石段がある。
2006年10月01日
門の前からの眺め。道向かいにも広場があり、休憩のできる東屋が建っている。
2006年10月01日
大嶽の門の右側のようす。
2006年10月01日
門の右手前に立っている、弁ヶ嶽の名標。
2006年10月01日
門の右側、少し離れたところにある拝所。拝所の右後方には、大嶽の頂上へと続く小道がある。
2006年10月01日
大嶽の頂上へと続く道。
2006年10月01日
大嶽の門の左側のようす。
2006年10月01日
門から左に延びる壁の前にある拝所。
2006年10月01日
大嶽の門の左側、林の中にある井戸跡(?)と拝所。
2006年10月01日
2006年10月01日
石積みの上に香炉が並べられた拝所。
2006年10月01日
大嶽の門の後方から大嶽の頂上へと続く階段。
2006年10月01日
階段の途中にある拝所。石碑には「辨天負百津姫神 木龍宇具志久乙姫王 天軸のろ神 辰のみふし」(「負」は「刀」に「貝」)と刻まれている。
2006年10月01日
階段の途中にある拝所。北の方角を向いている。石碑のある拝所の少し上にある。
2006年10月01日
大嶽頂上にある拝所。崩れかけている。
2006年10月01日
大嶽頂上の拝所を正面から撮影。南西の方角を向いている。手前の数個の石は測量用の三角点を囲っているもの。
2006年10月01日
大嶽の門の左側、参詣道沿いにある井戸。
2006年10月01日
弁嶽井の近くの林の中にあるコンクリートの構造物。
2006年10月01日
弁嶽井近くから森の中へと続く遊歩道。遊歩道は途中で二つに分かれ、左側の道は丘陵の西側、右側の道は丘陵の北側へと続いている。
2006年10月01日
遊歩道の西側出口にある弁ヶ岳公園の管理事務所。事務所の手前には駐車場があるが、鎖が張られ、使用できないようになっていた。
2006年10月01日
丘陵の北側へと延びる遊歩道。
2006年10月01日
遊歩道の北側出口。小さな東屋がある。
2006年10月01日
小嶽
大嶽の門の道向かいにある芝の広場。
2006年10月01日
大嶽の門の右斜め向かいにある、小嶽の入口。階段を上ったところに小さな広場があり、広場の東西に二つの拝所がある。
2006年10月01日
小嶽の拝所。東南東の方角(久高島、斎場御嶽の方向)を向いている。
2006年10月01日
小嶽の拝所。西の方角を向いている。
2006年10月01日
小嶽入口の右隣にある沖縄神社の入口。
2006年10月01日
小嶽の拝所の西側にある沖縄神社。元々は首里城にあったが、沖縄戦で消失したため、戦後ここに移転したのだそうだ。
2006年10月01日
沖縄神社の神殿。手前の地面がぬかるんでいて近づけず、詳しくは確認できなかったが、五人くらいの琉球国王の名前が祠の中に書かれていた。
2006年10月01日
神殿の左隣にある拝所。
2006年10月01日
参詣道の東部にある、丘陵の小嶽側(南側)斜面をめぐる遊歩道の入口。
2006年10月01日
2006年10月01日
遊歩道から、海邦高校のグラウンドと校舎が見えた。
2006年10月01日
遊歩道の南側出口。県営団地に続いている。
2006年10月01日