農道の入口から100メートルほど進んだ右手にある、「上ヌ城 高良」と刻まれた標柱のある拝所。標柱の右後方には、一基の香炉が南に向けて置かれている。
『殿・御嶽・井戸調査報告書』(東風平町教育委員会、2003年3月)によると、この拝所の現呼称は「上城(ウィグシク)」で、『琉球国由来記』には「エン佐久真之殿」と記されているとのこと。
『殿・御嶽・井戸調査報告書』(東風平町教育委員会、2003年3月)によると、この拝所の現呼称は「上城(ウィグシク)」で、『琉球国由来記』には「エン佐久真之殿」と記されているとのこと。
2007年02月03日
道の終端にある広場。この辺り一帯は『琉球国由来記』に記載されている「世名城之嶽」(神名:ユキアガリノ御イベ・ユキスイノ御イベ)という御嶽で、右奥に見える殿の周辺に多数の拝所がある。御嶽は二御前で、字世名城と字高良のそれぞれの祭祀場となっている。『殿・御嶽・井戸調査報告書』(東風平町教育委員会、2003年3月)によると、この御嶽は「ウイユナグシク」と呼ばれているのだそうだ。
2007年02月03日
広場の奥にある、石垣で囲われた世名城之殿。石垣の手前の標柱には「世名城ノ嶽 ユキアガリノ御イベ ユキスイノ御イベ」と刻まれている。『殿・御嶽・井戸調査報告書』(東風平町教育委員会、2003年3月)によると、この殿は「ウイユナグシクノトノ」と呼ばれているのだそうだ。
2007年02月03日
東りお通しの左手前にある、中・北山えのお通し。標柱には「中・北山えのお通し 高良」と刻まれている。香炉の代わりなのか、石の前に北に向けてブロックが置かれている。
2007年02月03日
小道の途中、左手にある遥拝所。標柱には「八重瀬えのお通し 高良」と刻まれており、その右横に、南東向きに数個の香炉が並べて置かれている。左横には数個の積み石が置かれている。
2007年02月03日
八重瀬えのお通し、南山えのお通しの後方の林の中にある拝泉。標柱には「城ガー(泉) 高良」と刻まれている。写真には撮らなかったが、城ガーの右後方には、古墓と思しき石積みがあった。
2007年02月03日